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インフレ手当・特別手当の支給や制度設計を詳しく解説!日本企業と海外企業の事例も多数紹介

2022.11.28

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帝国データバンクは2022年11月に「インフレ手当に関する企業の実態アンケート」の結果を発表しました。これは従業員の生活支援を目的とした「特別手当」を支給する企業へ実施されたアンケートの回答内容をまとめたものです。なお、本記事は株式会社帝国データバンクからリリース内容の転載のご承諾をいただいた上で引用を実施しています。

本記事では、インフレ手当、手当が検討される背景、日本企業と海外企業の動向などをご紹介します。

インフレ手当とは

企業や団体などが経済のインフレーションに伴う物価上昇率を考慮して従業員やメンバーに対し特別に設定し、支給しているものが通称「インフレ手当」と呼ばれています。
インフレ手当は政府などが明確な定義を出している言葉などではありません。

「インフレ手当」の用語が日本経済新聞に初めて登場したのは2022年4月8日の記事です。同日に実施された立憲民主党による記者会見で泉健太代表が21兆円規模の緊急経済対策を発表し、その中でインフレ手当の導入を推進する制度整備などが緊急の総合対策として公表されました。(参考)さらに同党は2022年7月10日に執行された日本の国会(参議院)議員の選挙に際して公約にも盛り込みました。

なぜ2022年はインフレが話題になったのか

インフレーション(以下「インフレ」)とは世の中の全体的な財・サービスを代表する価格指数(物価)が継続して上昇する状態を指します。(参考)ではなぜ、2022年11月の時点でインフレが話題になっているのでしょうか。

経済産業省資源エネルギー庁の説明を参考・引用します。
2019年末から発生している新型コロナウイルス感染症とそれにより影響を受けた経済が2020〜2021年に回復すると共に、世界的な天候不順や災害、化石資源への構造的な投資不足、地政学的緊張等の複合的な要因によってエネルギー供給が世界的に拡大せず、エネルギーの需給がひっ迫し、2021年後半以降、歴史的なエネルギー価格の高騰が生じています。さらに2022年2月にロシアが開始したウクライナへの侵攻によりエネルギー価格が上昇しました。(参考

ロシアによるウクライナへの侵攻の影響

アメリカ政府は2022年3月9日にバイデン大統領が、ロシアの石油、液化天然ガス、石炭の米国への輸入を禁止する大統領令 (EO) に署名したことにより、輸入を停止しました。(参考)これによりアメリカ国内でもエネルギー価格が上昇しています。

欧州連合は2022年4月7日、石油の輸入を含む制裁に合意したことにより石炭、そしてエネルギー以外にはセメント、ゴム製品、木材、ウォッカを含む蒸留酒、酒類、キャビアを含む高級魚介類などの輸入が停止しています。(参考)さらに2022年6月8日にはすべてのロシアの海上原油および石油製品の完全な輸入が禁止されました。(参考)これにより原油輸入の約4分の1をロシアから得ている欧州連合所属国やヨーロッパでエネルギー価格が上昇しています。

G7は2022年5月8日、ロシアの石油を禁止または段階的に廃止することを約束しました。(参考)つまり日本も含まれ、そのほかカナダ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカが合意しました。

原油の生産量上位5カ国はアメリカ、サウジアラビア、ロシア、カナダ、イラクです。第3位であるロシアは、原油を輸出できないことによりそこから発生していた収益がなくなります。買い手が大幅に減少したものは価格も下落するため、ロシアの原油価格は下落しています。(参考)他国に侵攻をし、戦争を続けるためには資金が必要であることから、これはロシアにとって痛手です。
しかし日本含めいずれの国でも、全ての経済活動、国民の生活、企業活動には石油が必要です。日本における石油の輸入と国別の割合ではロシアへの依存度は比較的低く、2021年の輸入国割合でみるとロシアからの石油の輸入は全体の3.6%でした。その理由として日本は1970年代のオイルショックを踏まえ、輸入の中東依存度から脱却するためにロシアからの調達を実施していました。しかしロシアによるウクライナ侵攻が発生し「政府関係者によると、特にロシア産原油の依存度が日本よりも高いドイツが禁輸に踏み切ったことが大きい」ことから(参考)、日本も禁輸を実施しました。
しかし日本は原油に限らずエネルギーの90%近くを輸入に頼っています。2018年の日本の自給率は11.8%です。(参考)原油・石油に限らず世界のエネルギー価格が上昇すると、比例して日本がエネルギーを輸入する際のコストも上昇し、私たち国民にも影響します。

日本経済新聞における「インフレ」記事数の変化

日本経済新聞の記事に「インフレ」という単語が使われた件数を集計しました。以下の集計結果は2022年11月20日時点のものであり、日本経済新聞オンラインの日付指定機能で確認をしました。

2019年1月1日〜2019年12月31日の記事件数は704件です。2020年1月1日〜2020年12月31日の記事件数は593件です。

大きな変化が見られたのは2021年以降です。2021年1月1日〜2021年12月31日の記事件数は2,942件、そして2022年1月1日〜2022年11月1日の記事件数は7,026件でした。2021年は前年比で5倍近く、2022年は11月1日までの記事数で前年比で2倍以上増加しています。

なぜインフレに言及する記事がこれだけ増え続けているのでしょうか。それは日本に限らず世界を話題にする際にインフレ関連の話題を避けられないほど、各国の各業界がインフレやその対策に奔走しており話題に事欠かないからであると考えられます。

2019年は主に株式市場関連記事内で「インフレ」が使われていましたが、2020年以降は為替や金利・政治・経済・世界各地の話題・日本各地の話題・各業界・コラム記事・同紙編集委員による記事など、各種記事でインフレが話題にされています。

インフレに伴う日本の有識者の見解

2021年から2022年にかけて発表されたインフレに関連する日本の有識者の見解を、日付が古い順にご紹介します。

経団連(一般社団法人 日本経済団体連合会)

経団連が2021年11月30日に実施した経済財政委員会で、インフレへの懸念が話題にされています。
2021年の出来事として資源価格等の高騰や物価上昇率の上振れに触れ、これらは新型コロナウイルス感染症に伴う消費行動の変化で生まれた需要に対して物価上昇率が変化していること、そして「物価の高騰は22年には次第に沈静化していくとみている」と言及しています。(参考

また、2021年12月6日に発表された定例記者会見における十倉会長の発言でインフレに触れています。日本経済への言及の中で「足元では、政府の新型コロナウイルス感染症対策が奏功し、こうした業種の業績も上向きつつある。来年は期待が持てる一方、インフレやモノの供給不足に懸念がある。」とあります。(参考

紹介した2件の例は、ロシアによるウクライナ侵攻の影響がない時期のものであり、世界的にここまでのインフレが発生することは予想されていなかったであろうと考えることができます。

首相官邸

首相官邸は2022年10月28日に岸田総理から発言された内容を公表しています。インフレに関連する部分を以下に引用します。

物価対策と景気対策を一体として行い、国民の暮らし、雇用、事業を守るとともに、未来に向けて経済を強くしていきます。
今回の対策は、財政支出39兆円、事業規模で約72兆円、これによりGDP(国内総生産)を4.6パーセント押し上げます。また、電気代の2割引下げやガソリン価格の抑制などにより、来年にかけて消費者物価を1.2パーセント以上引き下げていきます。
物価対策として重点を置いたのは、エネルギー価格対策です。もろもろの物価高騰の一番の原因となっているガソリン、灯油、電力、ガスに集中的な激変緩和措置を講じることで、欧米のように10パーセントものインフレ状態にならないよう皆さんの生活を守ります。
まず、物価高から生活を守ります。家庭の電気代について、1月から来年度初頭に想定される平均的な料金引上げ額約2割分を国において負担いたします。事業者に対しては、再エネ賦課金に見合う額を国において負担する措置を講じます。ガス料金についても同等の措置を行います。また、現在、1リットル当たり30円引きとなっているガソリン価格の引下げを来年も継続いたします。これらにより、総額6兆円、平均的な一家庭で来年前半に総額4万5,000円の支援となります。

物価高が国民に直面しないよう国が一部負担することなどが明言されています。それらの財源のために税負担がどう増減するのか、などは言及されていません。

日本の消費者がインフレで受けた影響

新型コロナウイルス感染症の影響、そしてロシアによるウクライナ侵攻が影響し、世界各国でインフレが深刻化しています。

2021年7月の時点で「値上げに臆病な日本企業」として物価高に対する日本企業の対応が注目されていました。さらに2021年8月には「日本の消費者にとって2%の物価上昇は起こってほしくないこと」とロイターは指摘していました。
2021年12月までの食料高騰、その理由として挙げられていた指摘は異常気象と脱炭素でした。

日本国内メディアは2022年以降、物価高に関する報道が増え始めました。日本経済新聞は原材料価格や物流費の高騰を受け、食品・サービスなど幅広い分野で値上げの動きがあることを受け、話題のテーマとして「値上げラッシュ」の記事分類を作成し、2022年1月1日には「22年は食品値上げラッシュ」であると報じ、同日以降に公開された記事を集めて紹介、関連記事を掲載し続けています。

2022年5月にはトウモロコシ、小麦、砂糖の値上がりが注目され、「『食料危機』が起きている状況」と指摘されています。

イギリス最大のメディアであるBBC(英国放送協会)は2022年6月、日本のインフレで「特に大きなニュースとなった」として株式会社やおきんの「うまい棒」の値上げを報じています。

2022年8月には、同年に値上げする食品の数は8月中にも2万品目を超えるとする調査結果も出されました。加工食品、調味料、酒類・飲料、菓子、原材料、いずれも値上がりすると判明していました。
しかし日本、アメリカ、ユーロ圏の2022年8月の消費者物価指数(CPI)上昇率の比較では、日本は2.8%。アメリカじゃ8.3%、ユーロ圏は9.1%であり、日本のインフレ率は主要国の中で最も低い水準にありました。(参考

しかし雲行きは急速に変わりました。

2022年10月17日には経済産業省が2022年12月1日から23年3月31日にかけて全国の家庭や企業に節電を要請する方針であることが報じられ、2022年11月1日には要請を決定。経済産業省資源エネルギー庁は運営する省エネポータルサイトでも「2022年度冬季の省エネ・節電へのご協力のお願い」を公表しました。今冬(11月~1月)の気温の見通しが寒気の影響を受けやすく東・西日本で平年並か低くなる見込みであることも影響しているようです。

2022年11月4~5日に一般社団法人日本健康食育協会が実施した調査によると、84.5%が「値上げにより家計の負担が増した」と感じていることもわかっています。2022年11月16日には店頭物価が6%高であることが報じられています。前述の通り2021年8月に「日本の消費者にとって2%の物価上昇は起こってほしくないこと」と指摘されていましたが、2022年11月時点で、当時の指摘を大幅に上回る物価上昇が起きていることがわかります。

2022年11月18日には東京都の小池百合子知事がエネルギー消費を抑えるため首元の詰まったタートルネックのセーターなどを着用するよう都民に呼びかけたことが翌日報じられています。これは2022年9月27日にフランスの財務大臣がエネルギーを節約することを目的に国民に対して「今年の冬はタートルネックのセーターを着よう」と呼びかけたことを模している可能性が考えられます。

2023年以降、日本における物価高やエネルギー供給の不安定さがどのようになるか、一消費者として動向に注視すべきであると言えます。例えば、東京電力ホールディングスは2023年の春に一般家庭向けの規制料金の引き上げを検討する方針を固めたことが報じられています

また2022年11月22日にはOECD(経済協力開発機構)は2023年のG20におけるインフレ率が6.0%になるとの見通しを発表したことが報じられました
高インフレは国が製品全体に広がっており、持続していることにより世界経済は重大な課題に直面していることを指摘し「ウクライナに対するロシアの侵略戦争は、1970 年代以来見られなかった大規模なエネルギー価格のショックを引き起こした」としています。

日本企業によるインフレ関連の手当5例

帝国データバンクはインフレ手当についてアンケートを実施しました。調査結果では「予定・検討中」を含めると4社に1社が取り組むとしており、支給額の平均は一時金5万3,700円、月額手当6,500円であるとしています。

ここではインフレ関連手当を実施した、あるいはこれから控えている日本企業の実例を紹介します。

ケンミン食品株式会社

ケンミン食品株式会社は2022年7月8日に正社員・契約社員190名にインフレ手当を支給しました。「食品・ガソリン・光熱費が急激に上昇しているさなか、社員の生活に少しでも助けになればという理由」であることが公表されています。勤務年数が1年以上の正社員、契約社員へ一律5万円が支給されました。
さらに2022年11月19日には、2022年12月9日に社員・フルタイム勤務のパート、アルバイトも含む対象に「生活応援一時金」を支給することを公表しました。⽀給額は1万円×本人+家族の人数であり、支給総額は約400万円です。

同社は本一時金の目的として「社員が日々業績向上に努力していることを鑑み、社員の生活を守ることを最優先にし、終わりの見えない物価上昇の不安感を和らげること」としています。

株式会社ノジマ

株式会社ノジマは2022年7月26日、物価の上昇に伴う生活費支援として物価上昇応援手当の支給を開始したことを公表しました。対象者は新入社員を含む正社員と契約社員の約3000名であり、支給額は毎月1万円です。

2022年6月度給与(7月支給分)より毎月支給しており、終了時期未定としています。

サイボウズ株式会社

サイボウズ株式会社は世界的なインフレ傾向に際し、日本・グローバル拠点にてサイボウズと直接雇用契約を結ぶ社員(無期・有期雇用ともに)に対し、2022年7〜8月に1回の特別一時金を支給したことがわかっています。支給額は月の就業時間に対して算出され、日本は以下です。

・128時間超/月(8時間/日で週4日超勤務):15万円
・96時間超128時間以下/月(8時間/日で週3日超勤務):12万円
・64時間超96時間以下/月(8時間/日で週2日超勤務):9万円
・64時間以下/月(8時間/日で週2日以下勤務):6万円

その他の拠点の社員に対しては、各拠点で金額を決定して支給され、海外赴任メンバーは駐在先または駐在元拠点の多いほうの支給額で算出されました。

オリコン株式会社

オリコン株式会社は2022年10月11日、急激な物価上昇に対する生活支援として「インフレ特別手当」を新設、22年10月より支給開始したことを公表しました。

オリコングループの正社員・契約社員・嘱託社員・アルバイトが対象であり、2022年10月分給与より一月あたり一律1万円を支給、当面は特別手当の終了時期を設定せずに運用するとしています

株式会社エーアイネット・テクノロジ

株式会社エーアイネット・テクノロジは奨学金利用者や返還困難者の増加が社会問題であること、インフレもあることを理由として「奨学金返還支援制度」を創設したことを2022年11月11日に公表、それらが各種メディアに取り上げられたことを紹介しました。

独立行政法人日本学生支援機構の奨学金返還義務のある社員を対象に、毎月の返還を10年間300万円を上限として同社が肩代わりし、今後の新入社員だけでなく現社員にも適用され、2023年4月より導入するものです。

海外企業の動向

The Wall Street Journalは2022年3月、企業が給与の上昇を制限する代わりに福利厚生に重点を置こうとしていることを紹介しています。

給与が上がると、ほとんどの場合は下がらないこと、急激に昇給しすぎるとインフレ率が低下したり経済状況が悪化したりした場合に財務責任者が実施できるアクションの余地がほとんどなくなる可能性があることを指摘し、高いインフレと高い離職率への対応策として昇給ではなく福利厚生制度の拡大充実により対応を図っています。

Gartner, Inc.が実施した2021年12月の調査によると、全組織の3分の1強がインフレを考慮した報酬調整の計画を立てていること、13%が全従業員に対して実施する計画を立てていることがわかっています。

実際に海外企業はどのような対応をしているのか、紹介します。

KPMGコンサルティング

2021年10月26日、同社は従業員を惹きつけ引き留めるため、従業員の401(k)給付を強化することを発表しました。

2022年に給付水準を変えずに従業員の医療保険料を10%削減し、医療扶助サービスを導入する制度は、2022年の医療費のインフレ率は6%とする予測に基づいており、制度参加者にとっては16%の節約になります。また、発表時点での同社の401kマッチング・プログラムおよび年金プログラムを、401kプランにおける会社からの自動拠出に変更する予定であるとしました。この新制度は、社員が自己資金を拠出することなく、全社員が拠出金を受け取ることができるものです。

Exxon Mobil Corporation

Exxon Mobil Corporation(以下「エクソンモービル」)は2022年4月、業績の良い従業員に株を与えるプログラムを拡大し、株を受け取る従業員の数を2倍に増やしたことがわかっています。また2022年6月にはアメリカ国内の従業員に給与の3%に相当する一時金を支給しました。

Microsoft

Microsoftは2022年5月、能力主義に基づく昇給のための予算を世界的に倍増させました。同社の広報担当者は、これを取材したCBSマネーウォッチに対し「全世界の報酬に対するこの投資増額は、従業員に高い競争力を提供するという当社の継続的なコミットメントを反映したものだ」と語ったと報じられています

T. Rowe Price

T. Rowe Priceは2022年7月1日までに全世界の従業員のほとんどを4%昇給させ「彼らの献身に報い、選ばれる雇用主であり続けるために」、従業員への待遇を改善したとされています。従業員の85%以上が、年初に実施された通常の昇給に加え、この昇給を受けたとしており、同社は異常な昇給に影響を与えた要因として、労働市場の状況とインフレの傾向を挙げている。

インフレに伴い経営者が検討すべきこと6つ

2020年頃から断続的に発生し続けている世界各地での異常気象に伴う農作物の収穫への影響や、2022年より行なわれているロシアのウクライナ侵攻によりインフレが一般大衆に影響を与えています。2022年11月時点でどちらも、いつ終わりを迎えるのか不明であり、前者の地球温暖化に伴う影響は今後もあり続けることがわかっています

これらを踏まえ、海外企業だけではなく日本企業でもインフレを考慮した特別手当が支給されたり、海外企業においては特別手当の支給だけでなく、昇給や福利厚生関連制度を手厚くしたりしたことがわかっています。現在インフレ手当や特別手当を支給していない企業は、支給すべきでしょうか。

厚生労働省は「令和時代の社会保障と働き方を考える」の中で、健康寿命の延伸、生涯現役の就労と社会参加の実現、「就職氷河期」世代に対する支援、就業率の一層の向上、医療・福祉サービス改革を通じた生産性の向上、結婚・出産・子育ての希望を叶えることができる環境整備、キャリア形成の支援と雇用管理改善、中途採用に関する環境整備の推進、新たな働き方への対応などの必要性を挙げています

日本は他の先進国と比較しても先駆けて超高齢化社会を迎えています。2022年11月時点で会社に所属している生産年齢人口である勤労世代は、高齢世代をケアするための財源であり、今後の日本を支える年少人口(0〜14歳)の保護者として彼らの生活費や学費を捻出する世代でもあります。このように勤労世代の負担が重すぎるなかで、インフレにより目の前の物価が月々に上昇していくような状況では彼らの生活が苦しくなるばかりであると言えます。

さらに生産年齢人口は減り続けていることから、彼らは仕事を探す場合に有利な立場に置かれやすくなると言えます。企業には「人手が足りない。求人を出しても応募が入らない」状態が、求職者は「仕事を選びやすい。各企業の給与や条件を比較して、自分に最も有益な企業を選ぶことができる」状態が加速すると言えるでしょう。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大をきっかけに、転職意向の変化について「変わらない」52%「強まった」39%とする調査結果や、転職意向度が「高まった」、または「検討している」人は全体で83%にのぼるとする調査結果も出ています。転職をする人が数十年前などと比較しても増加傾向にあることがわかります。

では総務人事部門や経営者として、既存従業員の転職を減らし、新規採用力を高めるためにどのような対応を検討すべきでしょうか。例をご紹介します。

1.給与の金額や制度の見直し

デジタルトランスフォーメーション(DX)の緊急性が高い業種ほど高給を支払う傾向があり、給与格差は今後も広がりそうであると報じられています。新卒や転職を検討中の人々はそのような業種を選ぶ可能性も高まると見られることから、給与やポストなどの見直しを検討してもいいでしょう。

イオングループ子会社のイオンスマートテクノロジー株式会社では、アプリ開発などデジタル施策のマネジャー職を年収1100万~1960万円で募集しています。株式会社ニトリホールディングスは入社時に年収1300万円も可能になる賃金体系を別会社に設け、通販サイトやアプリの企画・開発を強化することが報じられています。これは流通・小売業界の給与の低さやそれらから来る印象などを変えるための見直しであることが考えられます。

また、株式会社すかいらーくホールディングスは定年を延長しました。全社員(非常勤職員も含む)を対象とし、最長65歳定年(満60歳以降満65歳までのどのタイミングで退職しても定年扱いとなる選択制)を決定しています。60歳以前と61歳以降を比べても職務内容が同様であれば給与は変わりません。雇用が延長されることで、生活が安定し、先々の将来設計も立てやすくなっています。このように、長く安心して働ける制度を設計し、社内外に伝えることで、従業員や潜在候補者の就労意欲向上にもつながるでしょう。

2.ボーナス制度の見直し

日本政府は2022年11月7日、月給・ボーナスともに引き上げることを決めています。引き上げは3年ぶりであり、今回の改定で国家公務員の平均年収は、行政職で5万5000円増え、666万円となります。

改正給与法は、民間企業で初任給の引き上げが進むなど、コロナ禍で落ち込んだ給与水準が回復していることを踏まえ、月給を平均で0.23%、ボーナスを0.1か月分、それぞれ引き上げると報じられています

初任給は国家公務員志望者の減少傾向を食い止めるため、およそ30年ぶりの引き上げ幅となり、総合職と大卒の一般職の初任給を3000円、高卒の一般職の初任給を4,000円引き上げます。

2022年11月9日、三菱 UFJリサーチ&コンサルティング株式会社は「2022年冬のボーナス見通し」として2022年冬の民間企業( 調査産業計・事業所規模5人以上)のボーナスは、前年比+2.5%であると発表しました。

以上のように、ボーナス制度を設計している企業は、金額が上昇することなどがわかっています。ボーナス制度を用意していない企業は、導入を検討してもいいかもしれません。

3.報奨金制度の見直し

2021年10月、株式会社ベイクルーズの販売員の中には年に1億円売ることが明らかにされました
同記事によると、本間執行役員が「(ネット経由で売り上げを伸ばす販売員に)インセンティブを与えるような仕組みをつくる」と回答しており、報道時点でのインセンティブ設計はわかっていません。また、それ以降報奨金やインセンティブがどのように設計されたのか、2022年11月時点で仕組みとして動いているのかどうかもわかっていません。
これだけの実績がある人材は本人が販売員としても活躍できるばかりでなく、販売員を育てたい企業は、教育者としてのポジションを用意して迎え入れたいとすることが予想されます。このような有能な人材を繋ぎ止める、あるいは獲得するためのインセンティブ設計は必須であると言えるでしょう。

2022年7月には株式会社ハイデイ日高が中途採用者に対して50万円の手当給付を始めたと報じられました。50万円の手当を10回程度に分けて支給するもので、支給対象は育児などを理由に同社を1年以上離職していた後に再び雇用された元従業員なども含みます。
営業部門の成果連動型インセンティブ設計などは昔からあるものですが、同社のように、営業部門に留まることなく広く受け取ることのできる手当などを設計することで他社との差別化を図る企業が今後増える可能性もあるでしょう。

4.勤務地に関連する見直し

厚労省は2022年4月、勤務地を含む就労条件を従業員に明示を企業に義務付ける検討段階にあることが報じられました多様な正社員の雇用ルール等に関するものです。

勤務地に関する制度は、勤務地を限定する正社員制度を策定する以外の方法でも設けることができます。日々の勤務場所をオフィス出社とするのか、もしくは出社の必要はなく従業員が自宅や自分の好きな場所など、選択できる制度などを検討することもできます。
厚労省は「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を発表しており、労使双方にとってプラスなものとなるよう、働き方改革の推進の観点にも配意してテレワークの推進を行うことが有益であるとしています。
また経団連は「企業向けワーケーションガイド」を発行しており、ワーケーションは経験者の満足度が高く、多様な地域への滞在機会の拡大につながり、観光の活性化や地方創生の実現に資する可能性も秘めていることに期待しています。

2022年3月、Microsoftは調査結果でハイブリッドワークについて言及。より多くの人々が柔軟な働き方の利点を経験するにつれて大きく影響すること、Z世代とミレニアル世代にとっては特に後戻りができないことを指摘し、53%の従業員が新型コロナウイルス感染症のパンデミック前よりも仕事よりも健康と福祉を優先する可能性が高くなっていることなどを発表しました。

2022年9月、ウォール街の銀行主導でオフィス復帰が本格化したことが報じられました。ゴールドマン・サックス・グループやモルガン・スタンレーなど大手銀行が従業員にオフィス勤務が求められていることを念押ししているとされています。対して日本国内では2022年10月、メガバンクが出社とリモート合わせたハイブリッド型による柔軟な勤務体制を模索していると報じられています。一つのオプションとして活用すること、子育てや介護世代が効率的に働けるとして選択肢を残すことなどが明らかになっています。

経営者や総務人事担当部門は、オフィスに集まることで従業員が何を得られるようにするべきかを真剣に見直すべきであり、Microsoftはそのための新しいアプローチとして3つ、生産性パラノイアを終わらせること、人々がお互いのためにやってくるという事実を受け入れること、従業員を再募集することを挙げています

必ずオフィスに出社することを条件に、無理のない通勤などが実現するようオフィス近隣に住居を構えることができるだけの給与を設定するのか、あるいは、出社に関する制度を柔軟に設計することで多様な人が多様な選択肢の中で勤務でき、退職や転職を余儀なくされない環境を作るのか。これらの判断は経営者や総務人事担当部門にかかっています。

5.勤務時間に関連する見直し

一律の勤務時間でオフィスに出社することではなく、従業員が一定期間などにどのような成果を出すことができるのか・できたのかに価値を置くことで、従業員を勤務時間や場所に関する束縛から解放することができます。

勤務時間を柔軟に変更することも可能な「フレックスタイム制度」や、会社として従業員が揃っていて欲しい時間を限定して設定する「コアタイム制度」などを設けると、従業員は何ができるようになるのでしょうか。それには、妊娠中の女性が無理をすることなく働けることや、子供の保育園・幼稚園・学校・習い事などへ送迎し、介護を必要とする家族のデイケアなどへの送迎や世話、本人もしくは家族の緊急対応やかかりつけ医への受診、平日日中しか開いていない役所関連の対応などが挙げられます。

全ての家庭が理想とする家族の人数などを満たしているわけではなく、家族同士が近隣に住んでいてすぐにサポートを受けることができるわけでもありません。
ひとり親家庭もあります。厚生労働省「全国ひとり親世帯等調査」によると、2016年はひとり親家庭数141.9万世帯のうち、母子世帯数は123.2万世帯、父子世帯数は18.7万世帯となっており、ひとり親世帯の86.8%が母子世帯であることなどがわかっています。

心労やプライベートの非充実は、仕事での成果にも影響が出ます。勤務時間を柔軟に設定して日によって短くあるいは長く設定すること、必ず1日に8時間勤務すること、どちらでも同じ成果が出るのであれば、柔軟に検討してもよいかもしれません。ノーワークノーペイの原則なども鑑みながら、制度の設計や見直しを検討してはいかがでしょうか。

6.福利厚生の見直し

福利厚生とは、勤め先の会社から給料とは別に支給されるものです。従業員に対する「待遇」としての意味合いが強く、会社がサービスとして支給します。支給の対象は、勤めている従業員だけでなく、その家族まで対象となる場合があります。

就業規則には絶対的記載事項として、労働時間・賃金・退職に関連する事項を含む必要があります。相対的記載事項として、退職手当・臨時の賃金や最低賃金額・費用負担・安全衛生・職業訓練・災害補償や業務外の傷病扶助・表彰や制裁・事業場の労働者全てに適用されるルールに関する事項などがあります。福利厚生はこの相対的記載事項として各社ごとに設定、明示されることが多いものです。

厚労省は「これまでの福利厚生については、慶弔給付などが主なものとなっていましたが、最近ではカフェテリアプランなどを採用し、勤労者がサービスを自由に選択できる福利厚生制度が増えてきている」ことを指摘し、特に普及している「カフェテリアプラン」の普及率推移の調査結果などを公表しています。

福利厚生は健康づくりに関連するものやリカレント教育など職業能力の開発や強化を実施できるものへの注目が高まっています。

健康づくりに関連するものとして、従業員の飲食をサポートする福利厚生制度があります。オフィスに飲食物を設置するもの、従業員が状況に応じて店や購入物を選択できるものなどがありますが、オフィスに飲食物を設置するものはオフィス出社を伴う場合にのみ利用できることから、オフィス出社へのインセンティブにもなりうる反面、出社ができない従業員には不公平感が残るかもしれません。
従業員が状況に応じて店や購入物を選択できるもの、例えば「食事補助」は、本社や地方事業所・工場などの勤務でも全従業員が等しく利用しやすく、リモートワークやテレワークの昼食にも対応するため、柔軟かつ不公平感が生まれることなく利用しやすい福利厚生の選択肢です。

日本では「チケットレストラン」の知名度が高く、30年以上の実績があるため以前から導入を続けている企業が多いことでも知られています。また、全国のコンビニなどでも使える電子カードでの食費補助となるため地域や職種での公平性が高く評価されています。

終わりに

インフレなどを考慮する特別手当には、一時的な支給だけでなく、新しく制度を設計することで従業員にメリットを多く与えることができます。そしてインフレ手当などの特別手当は、求人を出しても応募が集まりづらい時代の中で、他社との差別化にもなる可能性を秘めています。

ぜひ、従業員の離職や転職が発生する前に、前向きに検討してみてください。

※本文中に石油と原油の2語が混在しています。ホワイトハウス、欧州連合、海外メディアなど日本語ではない情報を参考にした部分については原文の翻訳を優先しています。日本語の情報を参考にした部分は、元の文章で使用されていた単語を使用しています。以上のことから使用している単語が混在しています。

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